○あいうえお順
なんでもない狭い病室を入院展にしてしまった、のぎすみこさん。
ファンタスティックな空間に不思議に溶け込む、そのキャラそのものがartistic beautyでした。
のぎすみこワールドに引き寄せられていったナースは少なくありません。
池田さやか/看護士
パフォーマンスから立体、平面、インスタレーション、舞台のプロデュース、温泉ツアー、花見会と無限大に形を変え表現して行く「のぎ」。いつも驚かされる。その共通項はどれも「現代性」「同時代性」が根底に流れております。そのメタモルフォーゼ的な活動は次はどんな形となって現れるのでしょう。今回の『やくたたず』とは?その散人的センスこそが型にはまり切った世の中を嘲り笑い、それを破壊する潜在力を持っているのだろう。
ヴィヴィアン佐藤/非建築家、美術家
Sumiko Nogi is a thoroughly original and poetic artist, a one-of-a-kind.
Her brave, bold and natural expression is immediately recognizable as Sumiko Nogi and no one else. She taps a primal energy, and her images have often branded my brain, deep, like a tune that sticks with you after one hearing.
Erik Santos
( Musician / Associate Professor of Composition / University of Michigan School of Music, Theatre, and Dance )
のぎすみこは、夢を食らう。もちろん自分の描いた夢ではあるが、描いては食らい、描いては食らい、食らうために日々描く。夢デブなのである。私がちょっと好感をもっているのは、食らい方に品があるところ。好き嫌いなく、文句も言わず、一定のリズムで黙々と食らうのである。食らった夢をぜひ、幸福な排出物として浮き世に捻り出して欲しい、と私は切に願っている。
大塚耕二/クリエイティブ会社経営
私は、のぎすみこがのぎすみこであることが好きだ。大きくて小さくて可愛らしくて頑強で。いつも、その瞳に映るさまざまなイメージの投影を楽しんでいる。
桂川程子/有限会社うるまでるびプロダクション マネージャー
とんでもない人だと思った。三渓園の一角、古刹のお堂の中が、まばゆいばかりの銅がね色の一色、そこに自分が選んだダンサーを、これもバーミリオン・オレンジの繋ぎの着包みで顔まで覆う始末。さらに巨大な毒キノコのような被り物をつけて立たせて、平然としている。美術家の独裁じゃ!とハラハラしてみていたのが、2009年のぎすみこ作品「牛2」との最初の出会い。強い制限を受けた身体が、猪口才な個性を突き抜けて異様な有機体になる瞬間だった。 國吉和子/舞踊研究・評論
なにごとをも前向き前進に変換していく行動力のあることあることときたら敬服です。
のぎレベルの到達に必ずもっていきますから安心して任せます。
体が大きいことも安心感を増します。
黒沢美香/(舞踊家)
『羊の肉』大きな肉。まるまるっとした彼女の身体を包む肉は、その小さな心臓の上に幾重にも重なっていて、なかなかその内なるものを見せてくれない。時々性的なものの青白い炎が垣間見えたりするが、再び恥ずかしさの肉で隠される。しかし、この大きな肉と外界との間にある薄い皮一枚の場所に彼女の作品は表出してくる。
その羊と出逢ったのは、2003年に私がアクシスギャラリーで『六感の森』という展覧会を企画した時の事だ。参加作品のひとつとして羊の着ぐるみを被る彼女に会場をうろうろしてもらった。地下1階から地上5階までの各展示フロアを縦に繋いでゆくように羊がコンクリートの草原を彷徨う。羊は何人かが交代で被ることになっていて、私も有無を言わさず被らされた。その瞬間だった。変な感情が突然湧き起こった。人の皮膚をまとって他人の肉体に入り込む様な嫌悪感。そんなことはもちろん誰もしたことはないのだけれど、作品が人に作用するとはこういう時だ。楽しく笑って羊を見ていた側から、事件の当事者の立場にたたされる。固有な体験だけが人を開いてゆく。見ているだけでは何もわからない。そうか、この羊は彼女の皮膚だ、と、わかった途端に怖くなって私はそそくさと退散した。
表層を何事もなかったかのようにきれいに覆い隠してゆく国で、私達が実感という手応えを真に獲得するには、ビジュアル的な驚きからなどではなく、こういう見えない湿度や匂いや手触りからなのかもしれない。
だからのぎさん、もっと、ぐーたらでのびのび生きていることを大々的に叫んでみたらどうだろうか。ぐーたらさがまだ足りていないのかもしれない。羊の皮を裏返してしまうくらい、外の全部に向って大声でのびのびとあくびしていいと思う。だって叫んでくれないと聞こえないからである。
鴻池朋子/アーティスト
ハンパないこだわりにツボを押さえたポップな味付けをしたアート。
のぎさんの作品をひと言で表現するとそういう感じ。
この「ツボを押さえた」というのがミソで、のぎさん自身のキャラクターもそうなんだけど、万人が気持ちいいと思うところをびっくりするくらいの正確さで突いている。
それを独自の解釈で再構築しているからアンダーグランドなのにポップという前代未聞な世界観が完成しているんだと思う。
佐々木誠/(映画監督)
空間とそこに存在するモノ達とが彼女の手によって巧妙に編み込まれ、すっぽりと観る者を包み込む。観ているのか観られているのか、その境界線はもはや『のぎワールド』には存在しない。彼女から溢れ出たはずのその世界はどこかで観る者それぞれの世界へと繋がる。それは時に懐かしく、優しく、大胆、または繊細に・・・。
実際に体感しない手はないではないか − NOGI WORLD。 観て触れて溶け込んで探求すべし!
Toko Shiiki /( Photographer / Contemporary Artist )
いったい彼女の存在は何なのだろう?ちょっと狂っていると言うか,はみ出していると言うか、、、
いろんな人がいろんなことを言っている。大きいとか、スゴイとか、モヒカンだとか。。。
確かに初めて彼女に会った時、私はちょっとビビった。
足の関節の病気で手術が必要になった彼女は、入院中の個室を何と個展会場にしてしまったのだ。
私はお見舞いなのか見物なのかわからないまま、病室のドアをノックした。
ベッドを隠すカーテンが何やら色が付いていてかわいい、枕や布団カバーも作品になっているのか、刺繍(?)が施されている、壁には羊のぬいぐるみを来た女(実はのぎすみこ自身)がプリントアウトされている、所狭しとファイルやbookがおいてある。ギプスを巻いた足をベッドにドンッと放り出したのぎすみこが、先に来ていた見舞客たちと何やら盛り上がって笑っている。
初対面の私はおそるおそる、お体大丈夫ですかあって、トンマで場違いな(場違いではないはずの)言葉をかけるのが精一杯だった。彼女はそんな私にも懇切丁寧に,入院展を解説してくれた。
そそくさと出て来た病院の庭では、2月の初めには早すぎる桜の花がなぜか満開だった。
私はこの桜は彼女だと思った。
あれから1年、
そんな彼女の展覧会をTOKIO OUT of PLACEで開催することになった。
いったいどんなことになるのやら。
タイトルはやくたたずらしい。 text by 野村ヨシノリ
のぎの第一は見通す飛距離だと思うの。人の次の姿をじっと見つめてる。
その姿はエラそーなゴタクでとらえるもんでなくどうも細胞とか遺伝子とかのレベルでの変化の兆しらしい。
で、のぎはあの手この手でその兆しを形にする。
ほのめかしてうながして次への移行をスムーズにしてくれるつもりらしい。
お部屋の同じ場所にじっと座って一日中その工夫の事ばかり考えたりして。
松田雄行/(映像屋)
引き寄せられるように、のぎすみこという人の作品を病室へ見に行った。
のぎすみこという人に会いたかったのだとも思う。
無味乾燥とした世の中にならないように。この人の存在と作品のあることに心から感謝する。
ありがとうありがとう。
村山さやか/主婦
20XX年の夏、のぎすみこと出会った。いっぱつで大好きになった。2010年の春、のぎすみこの作品と「OUT of PLACE」で出会う。いっぱつ喰らいたい。
村山直樹/デザイナー
芸術家だがヲタクではなく 竹を割ったようにサバサバしてるが神経質
ノリはいいがこだわりは曲げない
ま なんつーか 丸いけど 細くてずぶとい。
もりいくすお/(イラストレーター/忠臣蔵研究家 )
こんなことやったら面白いだろうなぁ、と思うことは、 実はみんな、のぎちゃんがやってしまっている。
かっこいいと思うことも、全部のぎちゃんがやってしまう。
くやしいから、いつも私はのぎちゃんを見張っているわけだ!
森井ユカ /立体造形家・雑貨コレクター
のぎちんの作品は、世界への求愛なのだと思っています。特徴は、単なる「求愛」ではなくて、「世界への」というところが、ケタはずれです。
かつて、何かに腹を立てた時、「丸太を持ち上げる」という言葉を彼女が使っていたことがありました。たぶん、世界が彼女の求愛を受けてくれなかったら、この世界=地球を持ち上げたり、投げ飛ばそうとしたり、あるいは、急に撫でてみたり、抱きかかえたりするのではないかと思います。ちょっと危険です。やはり、そのくらいのパースペクティブで、世界を感じているのだと思います。巨人です。
じいっと、覗き込んだりもします。じいっと観察もします。ミクロでもあります。親指姫の大きさでもあります。乙女です。だから、とても、スイートです。懐かしいあたたかみがあります。かなり、伝統的な乙女ではないかと思います。ポップです。少し、江戸趣味なんではないかと思います。小娘の時は、折り紙を毎日毎日、大好きな人のために折り続けたり、おかみさんになった後は、とびっきりいかした生地を見つけて、手の込んだ着物を縫ってあげたりしたのではないかと思います、前世は。
律儀です。見る人、ひとりひとりが、楽しいと思ってくれることを、何より大事にしているみたいです。「みんな」が楽しい、ではなくて、「ひとりひとり」が楽しいということに、とっても、気を払っています。
山岡佐紀子/アーティスト
平成20年夏 あふれ出る母性と芯から熱くなるよなエロスを「牛2」で感じ
アタマグラグラの状態のままで知り合った男に惚れてしまった。
「つり橋理論・のぎ式」とでも言いましょうか…。
のぎさんは私にとって恋のキューピットちゃんです♪
流川真琴 /派遣社員(ウェブエンジニア)
モノを作るということは、そこにあるナニカに対して「意味」を付加する行為だと思う。ただの物質や、人の動く軌跡や、見過ごしてしまう時間に「意味」を持たせることで、モノが出来上がる。
のぎすみこという人は、自分の中にある「意味」をためつすがめつ眺め、こねくりまわし、目の前の空間にモノという形で提出し続ける。無意識に。
なので、その作品を見ることも、一緒に酒を飲むことも、まったくもって同じ。一緒に早い時間から開いている飲み屋を捜して街をうろつくこともまた、モノを作る行為と同等。のぎすみこは、24時間アーティストなのだと思う。
ロイ渡辺/フリーライター・編集者